« 2006年08月 | メイン | 2006年10月 »

2006年09月18日

栗ご飯

宮崎から帰る時に祖母が栗をもたせてくれたので,栗ご飯を作ることに.

とはいっても,すでに茹でた後だったので,工程の大半は剥きの作業に費やされた.
力を入れると身が崩れてしまうので,一個一個慎重に包丁で剥く.

kurimuki.jpg

努力のあと.
努力前も写真撮っておけばよかった(泣).

剥きさえ終わればあとは簡単.
水気を切った米に通常よりも少なめの水,酒,塩を加え,
昆布と栗を乗せて炊飯器で炊くだけ.

kurigohan.jpg

左はなめこと三つ葉の味噌汁.
酒がちと多すぎたけど,まあまあ美味しかった.

2006年09月17日

宮崎に行ってきた

折角の夏休みなのに,台風 13 号のせいで沖縄行きを泣く泣くキャンセル.
その代わりに,祖父母に会いに宮崎県日南市に行ってきた.
最近は,前日や当日にネットで航空券を取れるんだね.便利.

nichinan_line.jpg

JR 日南線.
単線・一両編成の典型的な田舎電車.

mansho_statue.jpg

JR 日南駅では伊東マンショの像がお出迎え.

PICT0127.JPG

飫肥城の大手門.
このお城は日本の名城 100 選にも入っているが,信長の野望にはたまにしか出てこない.

PICT0129.JPG

飫肥杉は,弾力性と耐水性から造船の材料として重宝されたとのこと.

PICT0134.JPG

近代日本の大外交官・小村壽太郎の生家跡.

PICT0137.JPG

台風 13 号が宮崎を直撃する直前に飛行機に乗って帰京.
始発電車から海と朝焼けを望む.

2006年09月11日

9・11 & 部署決定

9・11 のテロから 5 年経った.

飛行機突入時はニュースステーションの真っ最中で,
2 機目が突入する様子が LIVE で放映されて“世界大戦が始まる”と感じたことを思い出す.
2ch も繋がりにくくなり,臨時で板が 5 個くらい増設されてたなぁ.
つい最近の事のような気がする.

以下,今年 3 月に NYC に行ったときの写真.

PICT0105.JPG

WTC の跡地には,亡くなった人の名簿や当時の詳しい状況を記したパネルが多数展示されている.
十字を切る人もいればにこやかに写真を撮る人もいて,反応は様々.

PICT0106.JPG

跡地には,再び高層タワーを建設中.
コンペによって決まったらしい.
復興の証にしたいんだろうけど,普通に祈念公園にした方が良かったと思う.

------

本日,突然局長に呼ばれて技術内での配属の内示を受けた.
配属はテレビ局の心臓部と言われるところ.
正直,全く予測できなかった部署だったが,
心配性で完璧主義的な傾向のある自分には適性があるかもしれません.

覚えなければならないことが多すぎだけど,のんびり精一杯頑張ります.

2006年09月09日

Tokyo Night Cycling

pavillion.jpg

4 月まで住んでいた寮でクラブイベントがあるということで,久々にお台場に行くことに.
そこで,何故か自転車で行こうと思い立ってしまった.
ゆりかもめの料金節約と運動不足の解消を兼ねての企画だったが,
結果的には行きに 2 時間弱もかかってしまった.
途中で雨にも降られたし,後悔しながらのサイクリング….

ルートは
 19:00 自宅 : 近くのコンビニで地図購入
  ↓
 19:15 秋葉原 : ドンキで自転車用 LED ライト購入
  ↓(昭和通り)
 20:00 新橋 : CD 返却,ついでにコンビニで軽食を取る
  ↓
 20:10 築地
  ↓(勝鬨橋,晴海大橋)
 20:30 豊洲・有明
  ↓(国際展示場)
 20:50 船の科学館
てな感じ.
レインボーブリッジが自転車通行可能だったらもうちょっと早かったかも.

ちなみに帰りは一切迷わなかったので,22:30 お台場発 → 23:30 秋葉原着くらいだった.

昔の知り合いにたくさん会えたことと,会社まで自転車で 25 分程度で行けることが判明したのが収穫.
あと,なんだかんだでお台場の夜景はキレイ.

2006年09月05日

片山ゲリオン

制作の同期は,制作局内での配属が決まった模様.
明日は我が身.ガクブル.
あー,早く内示を通達してくれないかなぁ.

------

最近一番笑ったモノ.

mixi の YouTube コミュで話題の“片山ゲリオン”.
オリジナルと比較した後半を見ると,きっちりタイムコードを合わせているのがよくわかる.
掃除機に爆笑.

2006年09月04日

キャリアプランについて

考える今日この頃.
同期の皆が 2 ヶ月前に味わっていた変な緊張感があったりなかったり.

多くの先輩が“若いうちに現場を経験しておいた方が良い”という.
いや,本当にその通りだろうと思う.
テレビ局に勤めるんならテレビの制作現場に行きたいと当然のように思い,
入社試験の時も入社後もずっと現場志望と言い続けてきた.

でも,ここでふと 10 年後,20 年後の自分を考えてみる.
その時に自分はカメラのファインダーを覗いているか?
SW 卓でスイッチングしているか?
アイリスを調節しているか?
それとも,年相応のポストに収まって会議に出席しているか?

ここで,暫時迷っているような人間は現場には行く資格はないだろう.
それほど,現場の人間は命を張っている(ように見えた).
キャリアパスの一貫として,はじめから“いずれは本社に戻る”という程度の
覚悟で行くのはあまりに失礼である.

自分はどうか?
制作現場が一番魅力的であることには変わりない.
しかし,ジェネラリストタイプ( = これと言って専門性が無く,
また一つの道をとことん追求するのも苦手)の自分が
勤められる世界なのか不安でたまらない.

ヘタでも,センスが無くても,楽しいから続けられる.
自分の人生では,今の所バスケくらいしかない.
今までと比較にならないくらいシビアな仕事の世界で
カメラが自分にとってのバスケのような存在になりうるのか?

別に現場に配属が決まっているわけではないのに,
最近しばしばそんなおセンチな気分になるのです.


今日の BGM: “ベストオブくるり/ TOWER OF MUSIC LOVER